めざせ東海道完歩!日記

東海道完歩を振り返るブログ(記憶の範囲で)

DAY7 箱根湯本―三島 31km

時は2006年の5月の連休明けだったような。

前回、サンダル履きで力尽きた箱根湯本からスタートです。

 

いざ、箱根越え

 

石畳の道があったりして、江戸時代にタイムスリップ!

最初は喜んでたんですが、

はっきり言って石畳は、歩きにくいです。

そのうち、アスファルトが懐かしくなります。

 

途中階段もあり、つづら折りの国道を横切って山頂に向かいます。

 

ここで衝撃の光景が、

半月以上前に降った雪が、まだ積もってるんですよ。

しかも足跡がついていない。

 

ということは、その間だれも、ここ通ってないんですよね。

心折れそうになりながら、途中で引き返せず、進みます。

 

足元が危ないので、適当に転がっている木の枝を杖替わりに。

 

更には、石畳もなくなり、完全な山道。

で、山頂付近で、道が二股に分かれるのですが、標識がない。

 

「なぜ道標がないんだ」って、

誰もいないことをいいことに悪態をつきながら

そのまま、それっぽい方向に進むことに。

もしかしたら迷ってしまったかも。

幸いにも合ってました。ホッ。

 

一人アカペラは、もちろん箱根八里です。

「箱根の山は天下のけん、かんこくかんも物ならず万丈の山、

千じんの谷、前にそびえ、しりえにさそう」

 

今回、改めて歌詞を調べたら、いい加減に覚えてたなあ。

 

箱根宿(#10)の杉並木のデカさにびっくりしながら通り抜け、

箱根駅伝ミュージアムはちょっと寄り道(中には入らなかった)。

 

そのまま一気に三島に抜けます。

途中、石畳や、山道を歩き(道に迷いそうになったのはここかも)。

畑を抜け(本当に畑の中の小道を行く)、

やっと人家が並ぶところにでてほっと、一息。

ここで、お世話になった杖に、お礼を言ってお別れ。

ありがとうございました!

 

途中、どこかの茶屋で、メチャうまい甘酒を飲んだ記憶が。

 

いやあ、天下の険(けん)はすごかったけど、面白かった!

達成感たっぷりです。

 

今回は日帰りで三島宿(#11、三島駅)から帰りました。

帰りの新幹線の中で、体中から湯気が上がってた。

周りの人には迷惑だったろうな(空いてたからよかったけど)。

DAY6 小田原―箱根湯本 7km

「足ぱっつんぱっつんやん!」

 

時は、DAY5(小田原宿(#9)に泊まり)の翌日

2005年7月だと思う。

 

今回は、以下の理由から、初めてサンダルを選択。

 

・暑い!

・昔の人は草鞋。それに近いのはサンダルか。

 昔の人に近づきたい。

 

これが大失敗でした。

 

歩いている途中、擦れて痛くなったので、

バンドエイドでしのぎましたが、

何気に、靴底のクッション性にも問題があり、

足の筋肉が半端なく疲労

 

昨晩は、うまいものに惹かれて、何とか夕食をとれたものの、

朝起きたら、足がぱっつんぱっつんで、動くのも難儀。

 

それでも、頑張って、箱根を目指します。

 

が、

すぐに自分の甘さを実感。

 

昨日はほとんど平地だったのですが、

箱根登山鉄道沿いの道に入ったら、

道は細くなり、いきなり急な登り。

 

ほのかに温泉の香りもするので、癒されながら、

箱根湯本まで登り、そこで断念。

箱根越えはサンダルでは無理っしょ。

 

足は別にして、この登りは、

箱根駅伝コースとは別の昔の道で、結構楽しめました。

 

結論、

・長距離歩くのはサンダルは無理。

・くつは人類が発明した超便利グッズ

 

さあ、次回はいよいよ箱根越え。

DAY5 藤沢―小田原 35km

時は、2005年夏だと思われます。

確か7月。

 

そろそろ日帰りだときつくなってきました。

ということで、

妻に小田原泊の許可をいただき、出発です。

 

季節も夏なので、新調したサンダルで挑みました

 

藤沢駅から遊行寺の坂のふもとで旧東海道に。

藤沢宿(#6)の中を通ります。

 

気付いたのは、

両側の家の表札がみな同じ名字。

大地主さんなんでしょうね。

郵便屋さんは、どう見分けてるんだろう。

 

この辺から、独り言が多くなることに気づきました。

一人は暇です。

一人アカペラ大会もやります。

 

東海道中膝栗毛弥次さん喜多さんは、

物語だから、あのやり取りがあるのかと思ったら、

結構リアルなんだろうなと

妙なところに感心します。

 

馬入橋を渡って平塚宿(#7)へ、

大磯宿(#8)で、湘南発祥地の碑をみて、

鴫立庵で一休みさせていただきました。

とにかく暑かったです。

 

箱根駅伝でも変化が少ない一本道。

国道と重なる部分も多く

この日は、北条氏の地元、小田原まで

ひたすら歩きました。

 

東海道歩き初の1泊

宿の人に聞いて行った網元のお店の刺身定食が

メチャうまかったです。

DAY4東神奈川―藤沢 21km

 時はまだ、2004年か2005年

スタートすぐ神奈川宿(#3)。

記憶は特になし(笑)

 

そのまま横浜の住宅街の中を歩いていきます。

ここで困ったのがトイレ。

住宅街なので、コンビニもなく、公園にもなく

ひたすらトイレを探しながら、

やった喫茶店を見つけてホッとしました。

 

コーヒーを飲み出発。

10分足らずでまた、尿意が。

 

冬だったこともありますが、

コーヒーに利尿効果があるのを知ったのは、

随分後のことでした。

 

こういうことはよく覚えています(笑)

 

このトイレ問題 街道歩きのだいご味の一つ。

できた持論は、「行ける時に行く」

 

そのまま、保土ヶ谷宿(#4)へ

箱根駅伝ファンとしては、名前を聞くだけワクワクする

権田坂を通ります。

 

流石に急坂。

実際の駅伝コースは、もう少し広くて、緩やかな坂を

登るんだそうです。

 

住宅街を抜けると、国道1号と合流したり離れたりしながら

戸塚宿(#5)を通り、

 

これまた箱根駅伝ファンにはうれしい遊行寺の坂へ。

ここは、駅伝コースと一緒。

この急坂を上って降りるんだ。

駅伝選手はすごいなあ。

 

途中、松並木を通り、なんか東海道っぽいです。

(ずっと東海道なんですけど)

 

都心から住宅街へ、そして畑も見える郊外へ。

藤沢駅まで歩き、この日は終了です。

DAY3 大森海岸―東神奈川 18km

引き続き、2004年か2005年

この日は気合を入れて早起きしていきました。

 

多摩川直前まで、第一京浜を歩きます。

ひたすら歩きます。

心を無にして歩きます。

何もないから。

 

多摩川手前で、左の脇道(旧道)に入り、多摩川に出ます。

この変化が楽しい。

 

ちょっと昔の光景(六郷の渡し)を想像しちゃいました

 

箱根駅伝にもでてくる六郷橋を渡りますが、

広大な多摩川河川敷に、多くの住民を発見してしまいます。

人生初の結構、衝撃的な光景でした。

畑みたいなものがあったり、小屋になってたり、生活感が半端ない。

 

渡り切ったら、国道と別れ、

川崎宿(#2)です。

 

小腹が空き、喫茶店でモーニング食べました。

ゆで卵がおいしかった。

 

国道から外れると、がぜん歩くのが楽しくなる。

めざすはキリンビール生麦工場

 

あわよくば、1杯飲みたいなあ、と歩き続けますが、

都合よく売店があるわけでもなく、

工場の塀の横を通り、

確か、この日は、東神奈川まで行ったような(記憶なし)。

 

ちょっと長めの距離を歩いたDay3でした。

DAY2 品川―大森海岸 5km

時代は、まだ2004年か2005年

 

さて、品川駅から八ツ山橋に出て、ここから、第一京浜から離れ

旧東海道に入っていきます。

 

道は車2台がぎりすれ違えられる幅になり、

両側に店が迫ります。

日本橋から最初の宿場 品川宿(#1)です。

 

丁度、品川インターシティが職場だったこともあり、

会社のすぐ裏に、このような生活感漂う道があることに

びっくりした記憶が。

 

ここは、「東海道」ブランドで整備されており、

お休みどころや案内板がしっかりありました。

橋の欄干も当時のものっぽい。

なんか、江戸時代の風景を想像出来ちゃいます。

 

鮫洲駅の先には、涙橋(なみだばし、通称)があり、

鈴ヶ森刑場に向かう罪人が肉親との別れの場だったそうです。

 

国道と交差する三差路にある刑場跡はちょっと怖かった(想像力ありすぎ)

 

夕方にもなっていて、

心折れて、大森海岸駅から自宅に帰りました。

 

当初は、1日かけて歩くのではなく、

空き時間を見つけて歩く感じだったようです

 

1日目よりは、ぐっと江戸時代を近くに感じたDay2でした。

 

まだガラケーだったので、写真が残っておらず、

ブログも殺風景なのは残念。

DAY1 日本橋ー品川

ちょっと気分を変えて、新シリーズブログ

先日、完歩した東海道の歩みを、

記憶・気力の続く限り振り返ってみます。

さあ、ブログ完歩できるでしょうか?

 

「そうだ!東海道を歩いてみるのはどうだろう」

 

思い起こせば、

2004年?、まだ銀行員だった時代。

 

急遽、夏休みをとれることになったものの

(確か、入りそうな検査が入らなかった)

家族は、全員、それぞれ忙しくしており、

「好きにしていい」と言われました。

 

「さて、何しようかな」

ちょっと前にTVで東海道の番組をちらっと見たのを思い出し

 

「そうだ!東海道を歩いてみよう。

行けるところまで行って家に帰ったらいいじゃん」

「昔の人って、どれくらいの距離感だったんだろうか」

 

早速、本屋にいって東海道の本を探してみると

東海道五十三次を歩く」全5巻(1999年刊行)がありました。

 

最初は、完歩まで考えてませんでしたので

ガイドブックの第1巻だけ買いました。

 

季節は夏(多分)

早朝、日本橋まで電車で行き、

道路元標を上から眺めてスタートです(交通量が少なかった)

 

ガイドブックには、京橋の親柱など、みどころなどが書かれてるので、

それらを確認しながら、

確か、品川の八ツ山橋まで11kmをぶらぶら歩きました。

 

当時は、京急線に馴染みがなく、帰路がちょっと不安、と思った記憶があります。

 

ずっと国道だったので、排気ガスがひどく、

あまり面白さを感じずにDay1終了です。